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福岡高等裁判所 昭和30年(く)17号 決定

抗告人 被告人 小川和雄

主文

原決定を取り消す。

検察官の請求を却下する。

理由

本件抗告理由の要旨は、原裁判所は私が罪証隠滅を図る等の理由を以て私に対する保釈を取り消し保証金を没取しましたが、私は現在別件で勾留されており罪証隠滅の行為はできません。又私はさきに勾留されて保釈された後傷害事件の被害者稲忠彦に会いましたがその際は傷つけて済まなかつたと謝罪し同人と仲直りしただけであり、他の傷害の被害者や関税法違反の共犯者と会つたことはなく罪証隠滅を図つたことはありません。然るに原裁判所が私に刑事訴訟法第九六条第一項第三号第四号の事由があるものとして保釈を取り消し保証金を没取したのは不当であつて、之が取消を求めますと謂うのである。

よつて、抗告人に対する関税法違反、傷害被告事件の記録によれば、抗告人は昭和二九年一一月一二日二回のコーヒー密輸入の関税法違反事件につき勾留され、同月二九日右事件及びバターの密輸入並に稲忠彦外一名に対する傷害事件につき長崎地方裁判所佐世保支部に起訴された上同年一二月六日一旦保釈されたが、昭和三〇年一月一三日マニラロープ等の密輸入及び佐藤正信に対する傷害事件により再度勾留されて同月二八日右事件につき追起訴され目下同庁において併合審理中なる事実及び抗告人が右保釈直後第一回起訴にかかる傷害事件の証人として同庁より喚問されていた傷害者稲忠彦に対し「裁判所で証言する時は自分が君を刺したのではなく山本が刺したのであると云つてくれ」と申向けて罪証隠滅を図り且つこれがため同人を極度に困惑畏怖せしめる行為をしたので、これを探知した検察官は昭和三〇年六月一三日同庁に保釈取消請求をなし、同庁においてこれに基き同月一五日抗告人に刑事訴訟法第九六条第一項第三号第四号所定の事由があるものとして保釈取消、保証金七万円没取の決定をしたことが認められる。

そこで右決定の適否について検討するに、元来被告人又は被疑者に対する勾留原由の有無は勾留状記載の犯罪事実だけを基準にして判断すべきものなることは憲法第三三条、刑事訴訟法第六〇条第一項、第六一条、第六四条第一項、第二〇七条、第二〇八条、第三四五条の各規定の趣旨に照して疑をいれないところであり、又勾留の目的は勾留されている罪についての捜査、審判、刑執行の確保にあるものと解するを相当とするから、これ等の点に徴すれば、刑事訴訟法第六〇条第二項の勾留更新事由の有無、同法第八九条の権利保釈事由の存否及び同法第九六条第一項の保釈取消事由の有無はすべて現に併合審理中の起訴事実全部を対象として判断すべきものではなく、当該勾留状記載の犯罪事実のみを基準にして決すべきものと解するのが相当である。これを本件について観るに、抗告人が保釈中被害者に偽証するよう申向けて罪証隠滅を図り且つ同被害者を極度に畏怖させる行為をしたのは保釈を許可されたその勾留状記載の関税法違反事件についてではなく、これと同時に起訴された他の傷害事件に関するものであるから、抗告人の右所為を以て直ちに刑事訴訟法第九六条第一項第三号第四号に該当するものとして保釈を取消すことはできない訳である。尤も抗告人が現在他の罪について勾留中であつても該一事を以て直ちに最初の勾留状記載の関税法違反事件につき罪証隠滅等を疑うべき事由がないとは速断し難いけれども、記録によれば抗告人は公判において右関税法違反の事実を全部自白しおるのみならず、該事実に関する証拠調も殆んど終了しておりその他各種の事情を考慮すれば、抗告人には右事実につき刑事訴訟法第九六条第一項第三号第四号所定の事由があるものとは認められない。

然るに原審がたやすく検察官の請求を容認して抗告人に右各号該当の事由ありとして保釈を取り消し保証金を没取したのは失当であるから、刑事訴訟法第四二六条第二項に則り原決定を取り消し検察官の請求を却下すべきものとし、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)

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